ドイツ音楽留学質問箱
ドイツの音大を卒業してドイツ国家演奏家資格も持つ、国立音楽大学ピアノ科非常勤講師の久保田早紀さんが、ドイツ音楽留学についての質問に回答してくださいました。久保田さんが取材・執筆を行った本ウェブサイトの連載「ドイツで暮らすということ」も併せてご覧ください。
私が初めて先生にお会いしたのは大学4年生の5月です。国立音楽大学で師事していた江澤聖子先生から、当時ケルン音楽大学で教授をされていたヤコブ・ロイシュナー先生がコンサートとマスタークラスのために来日されると伺い、レッスンを受けたことがきっかけです。また幸運にもその半年後に、再び先生のレッスンを受ける機会があり、その時も本当にたくさんのことを学び、貴重な経験をさせていただきました。ドイツで学ぶことを真剣に考えるようになったのはそこからです。
留学先の決め方は色々あると思います。先生を決めてから大学を選ぶ方もいれば、大学を決めてから先生とコンタクトを取る方もいるので、どちらがより良いかというのは、その方が「何を優先したいか」によって変わってくると思います。
師事したい先生が既に明確になっている場合、早い段階で留学先の候補を絞ることができるので受験準備もスムーズに運んでいくと思います。もし受験前にレッスンを受ける機会があれば、先生がどのような感じでレッスンをなさるのか事前に知ることができますし、試験前に自分の演奏を聴いていただけることで得られる貴重なアドバイスと安心感は受験生にとって大きな支えになると思います。
各国の留学生にこのことを尋ねてみると、留学先を決めた理由は「師事したい先生が在籍しているから」という答えが最も多く、これが大学を決める大きな理由のひとつになっている印象を持ちました。
ただ著名な先生を優先して選んだ場合、試験に合格してもその先生のクラスの定員がいっぱいで入れないことがあります。また願書の中に師事したい先生の名前を第二希望まで書かなければいけない大学もあり、第一希望の先生がいっぱいの場合には第二希望の先生のクラスに入ることもあります。このようなケースでは、「どうしても第一希望の先生から学びたい」という理由で、現地の語学学校に通いながら希望する先生にプライベートレッスンを受けて、次の受験に向けて準備するという方もいます。結果によっては全てがイメージ通りに進まない場合もあるので、さまざまなケースに対応できる準備をしておくことも大切かもしれません。
次に、大学を決めてから先生にコンタクトを取ることを考えている場合、都市の大きさや街の雰囲気、交通の利便性などを考えて決めることも大切になってくるかと思いますが、大学で学べる内容や習得できる資格、卒業後の進路なども含めて総合的に考えて留学先を決めていくことも重要になってくると思います。
例えば、ピアノ専攻している場合、ソロ学科だけでなく室内楽や伴奏の分野に力を入れていて幅広く学ぶことのできる大学や、伴奏学科の中でもオペラ・リート・バレエと分野ごとに細かく分かれていている大学、そして在学中にバレエ学校でのコレペティの経験や、歌劇場などでのリハーサル見学制度がある大学などもあり、さまざまな選択肢があります。ドイツの音楽大学にはそれぞれ異なった特徴があるため、これから先の将来、ご自身がどういった分野で活動していきたいのかを明確にしていくことも大切なポイントになってくると思います。
下記のサイトには、ドイツ全土の音楽大学の公式ウェブサイトのアドレスが掲載されています。
大学ごとにホームページの違いは多少ありますが、先生方が掲載されているページはStudium/StudierenまたはPersonenの項目から見つけることができます。また検索欄を使ってLehrendeという単語で検索してみても良いかもしれません。各先生方のプロフィールは写真付きで詳しく書かれているため、どのような経歴でどの作曲家を得意としているのか、そしてどのような活動をされているのかなど、これらの情報をもとに師事する先生を決めていくこともできます。
またYouTubeなどの演奏動画を観て先生を決めたという留学生もとても多いので、師事したい先生の演奏を観ることも留学先を決める要因の一つになると思います。さらに日本にいてもコンサートや公開レッスンなどを通して先生方の演奏を聴く機会もあるので、日頃からコンサート情報をチェックしておくことも大切になってきます。
他には、海外の講習会に参加することで、さまざまな先生方と知り合う機会が得られます。講習会では自分がレッスンを受けるだけでなく、他の先生のクラスの聴講もできるため、短期間で貴重かつ豊富な体験ができるチャンスでもあります。ドイツで行われる講習会に参加できれば、その際に街の様子も少しみることもできるので、おすすめです。音大主催で行われる夏期講習もあります。
答えはJa!です。最初の質問でも述べた通り、もし師事したい先生が既に決まっているのであれば、試験前にレッスンして頂けるようにお伝えすることをお勧めします。先生方は初めて会う学生とはまず先に、いろいろな会話を通してその方の人柄を知ろうとすることが多いです。もちろん学生の「演奏レベル」も重要なポイントになりますが、生徒とのコミュニケーションをとても大切に考えているので「語学力」、「会話力」、「コミュニケーション能力」などは、とても重要だと感じます。そのため一度も会ったことがなく、そして演奏を聴いたことのない学生を自分のクラスに受け入れることは極めて稀なケースとなります。
その稀なケースとして、先生に一度も演奏を聞いてもらったことがなく、会ったこともなく、コンタクトも取っていない学生が、入試で素晴らしい演奏を披露して試験に合格し、師事したい教授のクラスに入れたということが実際にありました。ただこのような形で合格できるケースはとても少ないと感じるので、入学試験の前に、先生とコンタクトを取っておくことがベストだと思います。
ドイツ語のみの音楽用語辞典となると、今私がおすすめできるものはこの2冊です。
市川 克明(2012)『音楽のためのドイツ語事典』オンキョウパブリッシュ
岩川 直子, 佐藤 英(2015)『音楽用語のドイツ語』三修社
特にこの2冊は写真が多く掲載されていてカラーで書かれていうこともあり、とても見やすくて使いやすいです。イタリア語、フランス語、ドイツ語、英語など4ヶ国語、またはそれに加えてスペイン語、ラテン語などが加わった6カ国語の辞典など他にもいろいろありますが、ドイツ語のみでおすすめとなるとこの2冊になります!
基本的に、ドイツでは大学入学のための許可証である「Abitur」が必要となります。そのため、願書にはほとんどの場合、Abiturの有無を記入する必要があります。ただ外国人出願者に対しては「Abiturと同等のものを提出すること」と記載されているところも多いです。共通テストは受ける必要はありませんが、独語または英語に翻訳された高校の卒業証明書と成績証明書などが必要となる場合がほとんどです。
日本の音楽大学へ進学せずにドイツへ留学するメリットは、語学力、吸収力、そして適応力の全ての面で著しく成長することが期待できる点です。というのも、世界中から優秀な学生が集まるため、他の学生やクラスメイトと切磋琢磨する中で自然と成長していけるからです。また、日本の音楽大学の卒業試験は一般的に12分から20分程度の演奏にとどまりますが、ドイツの音楽大学ではリサイタル形式の卒業試験があり、約60分のプログラムを演奏する必要があります。このような違いからも、若いうちから多くの曲目を学び、長時間にわたる演奏経験を積むことが求められるので、精神的な強さも身についてくることは大きなメリットと考えられます。
日本の音楽大学を卒業してからドイツへ留学するメリットは、演奏技術の向上はもちろんのこと、楽典・聴音・ソルフェージュなど、クラシック音楽を学ぶ上で必要な知識と能力をしっかりと身につけられる点です。これらの分野において、日本の総合的な音楽教育はとても水準が高く、ドイツの音楽大学と比較してもそのレベルの高さは際立っていると思います。特に、日本の音楽大学でソルフェージュや楽典をしっかりと学んできた学生は、さらに上のドイツの大学院などにおいて、高い演奏技術が求められる場面でも十分に対応できており、成長していくスピードもより早く感じられていると思います。
また、大学で第二外国語として学んだドイツ語を日本語できちんと学べたことも、私にとっては非常に心強かったです。日本で語学と音楽の両方をしっかりと準備した上でドイツに行くことができる、ということは、日本の音楽大学に進学する大きなメリットの一つです。
日本の音楽大学では、4年間でしっかりと基礎を築き丁寧に指導してくれます。私はこの4年間を通して大学の先生方からたくさんのことを学び、同時に多くの経験を積むことができました。その経験が土台となり、ドイツに行ってもあまり不安や恐れを抱くことなく、授業やレッスンに参加することができ、留学生活が充実したものとなりました。
日本と書き方が違うとこがあるので、注意する必要があります。
Robert Schumann Hochschule Düsseldorf(デュッセルドルフ音楽大学)のウェブサイトには、過去の試験問題や練習問題が掲載されているので、これらを活用して問題に慣れていくことも良い方法の一つだと思います。
願書を提出する際にドイツ語能力の証明書を出さないといけない大学もあります。主に大学はB1以上の学力が必要になってきます。修士場合はA2―B1のところが多いです。
【YouTubeライブ】ドイツ音楽留学への第一歩(2024年2月13日開催)
回答者:久保田早紀さん
東京都出身。国立音楽大学附属中学校・高等学校を経て、同大学音楽学部演奏学科卒業並びに鍵盤楽器ソリストコース修了。2014年ケルン音楽舞踊大学大学院修士課程ソリスト科を最優秀の成績で修了。デトモルト音楽大学大学院国家演奏家資格課程ピアノ科にてさらなる研鑽を積み、2017年ドイツ国家演奏家資格を取得。
在学中より、定期演奏会、学内コンサート、卒業演奏会他、数多くの演奏会に出演。2010年第28回ソレイユ音楽コンクールピアノ部門第1位、並びに音楽現代新人賞を受賞。東京文化会館で行われた受賞記念コンサートに出演し、ウィーン国立音楽大学夏期国際音楽アカデミーに奨学生として招待される。日本学生支援機構(JASSO)より大学在学中の業績が認められ、平成22年度優秀学生顕彰文化・芸術分野奨励賞受賞。2013年イスキア国際ピアノコンクール(イタリア)第1位を受賞の他、国内外のコンクール・オーディション等で多数受賞。
また、ヨーロッパ各地にて国際ピアノアカデミーに参加し、海老彰子、菅野潤、ミシェル・ベロフ、ピエール=ロラン・エマール、マッティ・ラエカリオ、パスカル・ドゥヴァイヨン、ディーナ・ヨッフェ、グリゴリー・グルツマン各氏のマスタークラス修了、ディプロマを取得。ガラコンサート、及びファイナルコンサートに出演。2018年イルジ・フリンカ・ピアノアカデミー(ノルウェー)が主催するレイフ・オヴェ・アンスネス氏による特別マスタークラスを招待受講。
これまでに、Kunstwerkstatt am Hellweg(ドイツ)、Kunstsalon Gelbe Villa(ドイツ)が主催するコンサートシリーズにリサイタル出演の他、フランス、イタリア、スペイン、オーストリア、ノルウェー、ポーランドにてリサイタル及び室内楽コンサート等多数出演。また、トルン交響楽団(ポーランド)とシューマンのピアノ協奏曲を共演し、好評を博す。
これまでに、ピアノを奥田佳世子、小畠康史、江澤聖子、ヤコブ・ロイシュナー、室内楽をアントニー・シピリの各氏に師事。Musikschule Nico Zipp(ケルン)及びIda Bieler Music Academy(ケルン)のピアノ専任講師を経て、2023年より国立音楽大学ピアノ科非常勤講師として後進の指導にあたる。